昼寝と宵の口に少し寝落ちしたのが祟って眠れずにいる夜中。小腹が空いてきたので、買い置きしたままな状態になっていたカップラーメンを先ほど食べました。
夜中にカップラーメンはこんな風にたまにやっちまいますけど、そんな時ふと思い出す人がいます。二十歳前後の頃に友達を間に介しての交流のあったRさん。当時親しくしていた友達のAさんの友達として紹介され、そのAさんに連れられて数度Rさんの住むアパートを訪ねたことがある程度の間柄でした。終電逃してそのRさんの部屋に泊めてもらったこともありましたね。
当時、週末の夜に広島市内でAさん含む遊び仲間と飲んだ後、23時くらいにAさんに連れられてRさんのアパートに遊びに行くってパターンが月いちくらいの割合であったんですけど、そんな時、Rさんは決まって買い置きしていたカップラーメンにお湯を入れて私とAさんに振舞ってくれていたんです。お茶代わりのつもりだったのでしょうか。それこそお茶とかコーヒーでも出す如く、あまりにもさりげない動作で訪ねてきた私達にカップラーメンを振舞うRさんに、いつも私は吹き出しそうになっていたものでした。
思い出しついでに、眠れないついでに、このままRさんの思い出を書き連ねてみましょうか。(笑)
趣味なのか本気なのかはわかりませんでしたが、このRさん、ギターの弾き語りをやってらっしゃっていて、時折ライブハウスに出演されたりもしていたようです。ボブ・ディラン、ジェームズ・テイラー、ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤングあたりがお好きなようで、彼らのレコードをよく部屋で聴かせてもらいました。私がジェームズ・テイラー、ジョニ・ミッチェルの歌を知ることとなったのは、ほぼ間違いなくこの時代のRさんとの交流がきっかけでしょう。
Rさんのオリジナル曲を聴かせて貰ったこともありました。だけど、彼の好きなアーティスト達の顔はさほど見えてこず、どちらかといえば1970年代の日本で"四畳半フォーク"とか呼ばれていた歌を聴いた時の印象に似たものしか感じられませんでしたねぇ...好んで聴く音楽といえばハードロックやヘヴィーメタルにかなり偏っていた当時の私には、正直言って退屈でした。聴いてるのがツラかったです。(笑)「ライブ観においでよ」と誘われてもいましたが、そういう理由もあって結局一度も行かずじまい。
知り合ってから1年半後くらいだったでしょうか、とある出来事がきっかけで私とRさんを繋いでいたAさんとの交流が途切れてしまい、私とRさんは接点がなくなってしまいました。その後一度もRさんには会うことがないままです。携帯電話などない時代。自宅の電話番号なんて、ある程度付き合いが深くなったり、つながりが太くなったりしないと教え合ったりしないから、こうした細いつながりだった人とは、接点がなくなった時点で完全終了でしたよね。