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空中散歩ブログ

そらなかのちょっと長い呟きです。

なんとなく書き残しておきたくなった昔話

 あれは小学校の5年生の初夏くらいの頃だったと思う。当時近所に住んでいた同じ学年のHが私を含む近隣の小学生10人を集めて、「隣町に引っ越していったT*1ってヤツが、引っ越した先でソフトボールのチームを作ったらしい。俺らもチームを作ってTのチームと試合をしないか?」と持ちかけてきた。刺激の少ない田舎町の子供達にしてみれば画期的ですらあったHの提案に、私を含めた集まった子供達10人全員すぐに乗っかった。この日から、チーム名も決まらぬまま、試合の具体的な日程も決まらぬままだったにも関わらず、我々11人はHを中心に4、5ヶ月の間、ソフトボールのチームとして学校が終わったあとや休日を利用して練習に励むこととなったのである。

 とはいえ、大人が背後に居るような本格的なものではなく、あくまで小学生の放課後の遊びレベルのもので、練習もキャッチボールや適当な回数の素振りなどを済ませたらすぐに11人が6対5に分かれての紅白戦みたいな緩いものであった。H曰く「向こうも遊びのチームなんだし、あまり考えすぎず楽しくやろう!」。少しは走塁の練習やゲッツーの練習くらいはしたかな?なにしろ練習場所がHの家のすぐ隣にあったやがて誰かの家が建つのであろう空き地で、普通の民家が庭も含めて二軒くらい収まる程度の広さだったものだから、外野守備の練習などはまともに出来やしなかった。

 メンバー11人は小学校1年生から5年生までの男女混成。数人入れ替わりもあった記憶あり。ただでさえ移り気な小学生の集団が、前述のようにとてもソフトボールチームとしての体をなしているとは言い難い状態の中で数ヶ月間チームごっこを続けられたのは、恐らくチーム結成の際にHが言った「俺のお父さんが応援してくれるし監督をやってもいいと言ってくれている。お父さんに頼んで、試合の時に全員分のユニホームを作るから!」が効いていたんだと思う。Hの両親は小さいながらも会社を経営していてHの家は近隣では一番のお金持ちだし、お父さんは経営する会社内で草野球チームを作っていて、選手兼監督をやっているし、Hは両親から欲しい物はほぼ買い与えられていたから、その言葉にはリアリティがあったしね。当時は少年野球をテーマにしたアメリカ映画や日本のTVドラマがヒットしていて、チームとか監督という存在とか揃いのユニホームには皆あこがれがあったもの。

 チームのスタートから3ヶ月も過ぎたあたりからかな、いつまで経っても試合の日程が決まらないことに業を煮やした子や、塾や習い事に通うようになり練習に参加できない子が出てくるようになり、まともに集まるメンバーがHも含む5人*2だけしか居なくなってしまった。それでも「もう少ししたら5人新しいヤツが入ってくるから」とか言うHを信じてその5人で練習を続けたけれど、練習場として使っていたHの家の隣の空き地で家を建てるための工事が始まったのを機に、一応チームキャプテンのHからチーム解散の提案が出て、最後まで残っていた我々4人もそれを受け入れ、これをもって5ヶ月近くにわたる我々のソフトボールチームごっこは終了した。

 ...

 この私の小学生時代の思い出話の主人公であるHとその家族は、ずーっと後年に様々な事情から当時私の家の近所にあった自宅を手放して、町内の別の場所に引っ越してしまったが、同じ町内に住んでいるわけだから数年に一度の割合で街でHに会ってしまうことが現在でもある。つい先月もスーパーの駐車場で3年ぶりくらいに奥さんと子供を連れたHにバッタリ会って挨拶をしたばかり。あれから数十年経った現在も、私は彼に会うと、「あの小学5年の時のソフトボールチームの話って、どれくらい本当だったの?」と訊ねてみたくなる衝動に駆られる。(笑)

 チームの解散後、私は学校の友達やHの両親と近所付き合いがあった私の両親を通して、Hが幾つかの嘘をついていたことを知ることとなった。例えば、私たちが試合をするはずだった隣町のソフトボールチームの中心人物だったHの友達のT君は、転校先の小学校でバレーボールのクラブに入り、町内の小学校の中では強豪だったそのクラブで6年生の時にエースアタッカーを務めるようになっていた。とてもじゃないが遊びといえどもソフトボールチームを作ってる暇なんて彼にはなかったはずなのである。それから、試合の時にユニホームを作るって話も、彼の両親は一度もそんなことをHから聞かされた事はなかったようだ。それどころか我々が一応は試合を目標に練習していることすら知らなかったようなのだ。ただ家の隣が空き地だから我々が集まって遊んでいるだけとしか思っていなかったらしい。(笑)

 

 

*1:Hと仲の良かったやはり同学年の男の子

*2:勿論、私もこの中のひとりだった