渋谷陽一氏が死去、ロッキング・オン・グループ会長https://t.co/FaAD3QfQKD pic.twitter.com/RkWTo9x6mf
— 音楽ナタリー (@natalie_mu) July 22, 2025
ロッキング・オン・グループ代表 渋谷陽一逝去のお知らせ
— rockinon.com (@rockinon_com) July 22, 2025
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RO誌の読者ではなかったし、彼の仕事の軌跡やその功績についてよく知っているわけでもなく、十代だった1980年代に彼がパーソナリティを担当していたNHK‐FMの「サウンドストリート」を聴いてたくらい。そんな私でも彼の名前の大きさを感じる瞬間は何度もあったな……
— そ ら な か 004® (@aerialwalk004) July 22, 2025
実際に会って取材を重ねるうちにミュージシャンの友人とか身内のような感覚になって、そういうのが批評やラジオでの語り口、ライナーノーツに反映される評論家が多い中、私の知っている限り、渋谷さんだけはそうじゃなかった。
渋谷陽一が74歳で死去。合掌。私が大好きだったUSアリーナ系は「産業ロック」と批判されたが、不思議と嫌な思いはしなかった。産業ロック論に触れたことは、私がロックという音楽を理解する上で決定的に重要な経験の一つだった(とはいえフォリナーとか今でも大好きだが…)。https://t.co/BeodXhtEga
— ジャズと新聞 (@jazz_and_or_np) July 22, 2025
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— そ ら な か 004® (@aerialwalk004) July 22, 2025
確かに彼の語り口で嫌な思いをしたことは私もあまりなかったな。そればっかりが人気を独占し続ける。とか、まるでそれしかないような状況は健全とは言えないってことは伝わってきてたから
3人で撮った最後の写真。2022年12月。俺たちはもうちょっと頑張るぜ! pic.twitter.com/HqdmGhtEak
— 大貫憲章 (@KENSHO_ONUKI) July 22, 2025
向かって右から伊藤政則さん、渋谷陽一さん、大貫憲章さん。1980年代初頭に洋ロックに出会った者として、このお三方の書くレコードのライナーノーツや担当していたラジオ番組から受けた影響は計り知れない。当時は3人とも30歳代で音楽評論家としては中堅的ポジション。同じ時代をロック好きとして生きてるちょっと年上の兄貴達的に、十代だった私はこのお三方を捉えていた。