2012年の秋ごろから、結果的にファンを辞めた2017年の6月まで、私のアイドルヲタク活動の優先順位のトップに位置していた愛媛拠点のアイドルグループのひめキュンフルーツ缶。
参戦現場は私にしては本当に多数。このブログには、参戦感想その他ツイート集という形で、ひめキュン現場参戦後には必ず記事を上げていた。よってひめキュン関連の記事はこのブログにはたくさんある。
そんなひめキュン関連の記事の中で、私が現役のヲタクだった時代からヲタクではなくなって3年が経とうとしている現在に至るまで、Google、Yahoo!といった検索エンジンから度々アクセスがあって、時折アクセス解析の上位の方に現れるのが↓この記事。
元々ひめキュン関連でこのブログにアクセスする人って多くはない。それはアクセス解析で現役ヲタ時代から確認済み。そんな中、なぜかこの記事だけが、何年にもわたって定期的と言っても過言ではないくらいに検索エンジンからのアクセスがあるのだ。
2014年2月12日に、現在はセカンド・クラッチと名前が変わってしまっている広島市内のライヴハウスのナミキジャンクションで、【HimeKyun"Idoroll"Tour 2013-2014 Your Future Is Our Hope!!】と題されたひめキュンフルーツ缶のツアーの広島公演を観た後の、参戦感想その他のツイート集以外の何物でもない記事なんだけどね。何かしらの重大発表があったわけでもなければ、エポックメイキングとなったライヴだったわけでもない。
むしろひめキュン関連記事なら、この記事の翌年の2015年以降の方が多いのだけど、なぜ2014年2月に書いたこの記事が現在も検索結果の上の方にヒットするのか?って疑問もある。ひょっとしたら、ひめキュン云々じゃなくて、セカンド・クラッチがナミキジャンクションだった頃の何かを検索で探していて、たまたま我がブログに辿り着く人が一定数いるとか?
ま、とにかく、当ブログの数少ないアクセス数の何パーセントかを稼いでくれている記事と言う位置づけになってしまっている6年前の記事である。
【余談】
件の記事を書いたのが2014年の2月。この月の後半に岡山県は倉敷市で単発で開催されたライヴに参戦した後、様々な事情が重なって、結果的に私は、ひめキュン現場への参戦を約1年休止することとなった。このことは、ひめキュンのヲタクをやっている間ずっと、後悔とかコンプレックスのような形でずっと胸の中に残っていた。
2014年という年は、ひめキュンフルーツ缶がライヴの歌唱において、CD音源の被せやリップシンクを全て廃し、激しいダンスと生歌による無敵のライヴを完成させた年であった。2012年の秋頃からファンをやってきていたのに、そんな重要な年のライヴに殆ど立ち会えていないことを、どこか負い目のように感じながら私はひめキュンのヲタクをしていた。
今となっては、こういうことも、ひめキュンフルーツ缶のヲタクをやっていた頃の懐かしい思い出である。 それから、これは今にして思えばの話だけど、楽曲やライヴのクオリティとかは別の話で、ひめキュンの背中を時代の追い風が押していてくれたのは、この2014年までだったような気がする。