空中逍遥ブログ

そらなかのちょっと長い呟きです。

「遠くへ行きたい」 #地元発見伝

「遠くへ行きたい」 #地元発見伝
https://www.google.com/maps/preview?q=35.499502%2C136.199069
長浜市, 滋賀県塩津街道

 1995年の7月中旬だから、あれからもう19年も経っているんだなぁ...

 まだ梅雨も明けてない不安定な気候の中、2泊3日で滋賀県を訪れたのは、当時勤めていた会社の都合で突然4日位の休みを手にしたからでした。

 滋賀を選んだ理由は、当時の私の中で起こっていた戦国時代のマイ・ブーム。織田信長が天下統一の足がかりにしようとした地であり、信長亡き後それを実現する羽柴秀吉が、最初に一国一城の主となった地である近江の国に大いに興味があったから。

 安土城跡やら長浜城址やら当時改修中だった彦根城などを観て回る計画の中、どうしても訪れたかった(登ってみたかった)のが、羽柴秀吉柴田勝家の事実上の天下分け目の合戦「賤ヶ岳の戦い」で知られる賤ヶ岳です。古戦場を感じてみたいのと、琵琶湖と余呉湖を分ける位置にあるこの山の山頂から、この二つの湖を眺めてみたかったからってのが理由。ある意味、これを実現させることがこの短い旅のハイライトかなって思っていました。

 で、結果的にこの願望は実現したわけですけども、その反面、酷い目にあったことでも、この時の賤ヶ岳探訪は今も記憶に残っています。

 賤ヶ岳山頂から琵琶湖と余呉湖を見下ろす見事な展望に感激した私は、ふと余呉湖畔に降りてみたくなりました。山頂から見下ろした余呉湖の佇まいが気に入ったのと、賤ヶ岳の戦いの折、戦死者の血で真っ赤に染まったなんて俗説もあるこの湖をもっと間近で見てみたいと思ったんです。ちょうど、山頂から湖畔まで降りれるようなハイキングコースもありましたしね。

 意気揚々とハイキングコースを降り始めたのはよかったのですが、先に書いたように、まだ梅雨も明けていない7月中旬、おまけに山の天気。朝から曇っていた空から、もう引き返せないなってところまで山を下った頃合を見計らうかのように雨が落ちてきました。激しくはなりませんでしたが、雨具といえばビニール傘しかもっていない身で山道で雨は難儀ですよね。おまけに、ハイキングコースとは言え7月はシーズンオフ状態のようで、ところどころで伸び放題に伸びた夏草に行く手を阻まれる始末。雨に濡れた夏草に履いていたズボンを汚されまくりでした。あと、薄暗い山道で見る、木々の間をすり抜けるようにして下から上がってくる霧には、一種の恐怖すら感じたなぁ...

 写真は、賤ヶ岳山頂へ登るリフトの乗り場へ向かう坂道です。立て看板も出ていますね。さすがにもうこの辺の記憶は殆どありませんが、19年前の7月中旬のある日、私は確かにこの道を歩いてリフト乗り場に向かったんです。もし今タイムマシーンがあるとしたら、あの日のこの場所へ行き、この道を上って往く当時の私に、「余計な気は起こすなよ!山頂からの景色を堪能したら、そのまま引き返せよ。降りのリフトに乗るんだぞ!」と声をかけてやりたいですね。(笑)


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