空中逍遥ブログ

そらなかのちょっと長い呟きです。

詩人と初めて出会ったのは...

 かつて夢中になったシンガーソングライターで、一度自分の中から切り離したのだけれど、先週末、約6年ぶりにCDラックの奥にあったCDを取り出してきて、その歌と再会する事となった友部正人さん。今週、数度このブログで彼のことを記事にしました。

 その後、再び彼の歌がどんどん私の中で膨らんでいってるんですけど、そんな友部正人さんについて、8年ほど前、当時やっていたブログの記事に書いたことがあったのを思い出しました。先ほどその旧ブログを訪れ、該当記事を探し、持ち帰ってきました。その記事には彼との出会いについて書いていました...

 

 詩人と出会ったのは一年半前2006-01-28 23:59

 ある日の中古CDショップで、レコード・コレクターズ誌のバックナンバーを物色していた私は、ほんのきまぐれで、”URC/ 日本のフォークの誇るべき原点”という特集記事の載った2003年4月号を購入した。 

 その特集記事がきっかけで、日本のインディレーベルの始祖であるURC(アングラ・レコード・クラブ)に在籍したアーティスト達に興味が沸いてきた。ちょうどその時期にURC系アーティストのCDが続々と再発されていて、その記事を参考に数枚を購入したのだが、その中に、友部正人のデビューアルバムである『大阪へやって来た』があった。 

 1曲目のアルバムタイトルナンバー、ギターを乱暴にかき鳴らしながら、声を絞り出すように歌われる“大阪へやってきた”一発で、私は友部氏に参ってしまった。若い頃特有の怒りや焦燥感を、友部は楽器のヴォリュームや無理やりなシャウトでとかではなく、「詩」と「声」でもって表現していたのである。友部が喉から絞り出すトーキング・ブルースには、ここ数年、ロックをはじめとするどんな音楽を聴いても得られなかった「衝撃」があった。「驚き」があった。そして、聴いてて恐ろしくなってくるくらいの強烈なリアリティでもって聴き手に迫ってくる、4曲目の“まるで正直者のように” で、私は完全に友部ワールドの虜となっていたのである。 

 以来ずっと、彼の独特のザラついたような声と詩世界に惹かれ続けていて、一枚、また一枚と、バックカタログを買い集めている。 

 ちっともアメリカっぽくない、ちっともアフリカっぽくない友部のブルースを知って、もう一年半くらいになるのか。この人の詩(ブルース)とは、ずっと付き合っていけそうな気がする。 

 もっともっと早く、この人のブルースと出会いたかったとも思ったりもするのだが、それはきっと、私と友部氏のブルースが共鳴するには、それだけの歳月が必要だったということなのだろう。