空中逍遥ブログ

そらなかのちょっと長い呟きです。

これも私の「昭和」

 現在Twitterでフォローさせていただいている(っていうか、相互フォロー状態の)アカウントの中に、ほぼ「自分の中の昭和を振り返る」というコンセプトのみでツイートされている方がいらっしゃいます。

 テレビ、ラジオ、雑誌といったメディア・ネタ、学校ネタ、家族ネタ、玩具ネタ、食事やお菓子等食べ物ネタ、生活習慣など、その方の「昭和」ネタの内容は多岐にわたっていて、切り口も面白く、ツイートを本当に楽しく読ませてもらっている数少ないアカウントです。

 で、この方のツイートを読ませてもらっているうちに思い出していたのが、今から7年前に、当時のブログに書いた私自身の「昭和」ネタでした。彼の「昭和」ネタ・ツイートに感化された部分も大きいですが、読み返してるうちに、忘れられたブログの昔の記事として埋もれさせておくのが無性惜しくなってきたので、こうしてここに引用文という形で再掲載させていただくことにしたのでした。(笑)

 思い出してつらつらと... ― 2006-09-24 23:59

 

 はじめて「小説」なるものを読みきったのは、多分、森村誠一の「人間の証明」の文庫本(角川文庫刊)だったと思います。 

 1977年(昭和52年)、私が小学校5年生の時でした。当時の角川映画人間の証明」大ブームの中、どうしても読んでみたくなったのです。母に先に読んで貰って、難しい漢字に読み仮名をふってもらって、国語辞典片手に10日くらいかけて読み終えたのだったと記憶しています。

 ブームの末期にテレビでドラマ化された「人間の証明」を夢中になって観ていたのもほぼ同じ時期でしたね。 

 映画の方は、ブームから一年後くらいにテレビで放映されてたのを観ましたが、主人公の棟据刑事役の松田優作には、どこか違和感を感じてしまった記憶があります。(苦笑)なにしろ若過ぎ。テレビ版の林隆三氏の方が、原作のイメージに近かったですね。 

 なんていうか、角川春樹氏の戦略に、私が見事に乗ってしまったってことなのでしょうね。田舎の小学生に、年齢的にはまだ早いかも?ってな小説本を手にとらせたり、それまで見向きもしなかった大人向けドラマにハマらせてしまうほど、当時の角川氏のメディア戦略は巧みであったってことですな。 現に、当時、私の周辺にも、あの文庫を読んだやつ何人かいましたしね。 

 

  あと、あの「人間の証明」の中で使用されて、まるで流行語のようになってしまった「母さん 僕のあの帽子 だうしたでせうね ~」っていう、西条八十の詩を丸暗記して、暗誦して見せたやつがいたのも憶えてるなぁ。私もチャレンジしようとしましたが、見事に挫折しました。いや、頓挫したという方が的確かかな?(笑)そういった方向で頑張れない私の性質は、大人になっても変わんないですね。 

 

  西条八十の詩集は、私も中学生の頃に、同じく文庫で買った記憶があります。お目当ては、例の麦藁帽子の詩でした。ふと数年前のあのブームを思い出してしまったのだと思います。 

 あれ、いい詩ですよね。ネットで検索して、ひさびさに読んでみましたけど、懐かしさと共に、過ぎ去ってしまった「夏」を思い起こされました。風に飛ばされて渓谷に沈んでった麦藁帽子は、振り返ってみる「夏」の象徴だと思います。 

 

  母さん、ほんとにあの帽子どうなつたでせう? 

 

 そのとき傍で咲いていた車百合の花はもうとうに枯れちやつたでせうね、 

 

 そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、 

 

 あの帽子の下で毎晩きりぎりすがないたかも知れませんよ。