空中散歩ブログ

そらなかのちょっと長い呟きです。

夜型人間の根本

 昨日8月11日の記事にも少し書いているけど、たまに、数年前の出来事ではっきり思い出せないことをはっきりさせるためだったり、ある出来事の正確な日付を確認したい時などに、2006年から2010年いっぱいくらいまで更新していた昔のブログを覗きにいってみることがあります。このブログをやっていた時期は、あくまで趣味の範囲の話ですが、色んなことに精力的で、ホントにあちこちによく出かけていたので、その時のことをふと思い出したい時などに便利で、削除しないで残しておいて良かったなと思うことが多いです。

 昨日も、5年ほど前にあったある出来事について確認したいことがあったので、昔のブログを訪れたところ、つい楽しくなってしまい、5年前よりもっと昔の記事などを読み返したりしていました。そんな中で見つけたのが2006年に書いた、これから下に貼り付ける記事。

 振り返り癖は元々あって、今でもブログを書くときはその癖が頻繁に頭をもたげてくる私ですが、そんな私が思わず感心してしまうくらい「振り返り」に力が入っています。(笑)それがなんだか可笑しくて、自分の事ながら微笑ましくて、このまま過去記事としてネット上の隅っこに埋もれたままにしておきたくなくなったので、持ち帰り、僅かな修正を加えて、ここに貼り付けておくことにしたのでした。

 私を眠らせなかったモノTOP4 ― 2006-02-19 23:48

 

 誠に突然ですが、30代も後半になり、40歳の大台もかなり近いところに見えてきてるというのに、未だ夜更かし癖の抜けない私を形成する素となったモノのTOP4です。 

 

【第一位】 Yahoo!掲示板とそこで知り合い交流した人たち 

 

 はじめてYahoo!掲示板にたどり着いたのは、掲示板サービスがはじまって一ヶ月くらい経ってからだったかな?1998年の8月のことです。

 ここで、当時の僕と同じように、ネット初心者で、インターネットの掲示板というコミュニティや、そこへの投稿という形の、見知らぬ人とのモニター越しの交流が、新鮮で、刺激的で、面白くて仕方がないって人たちと大勢知り合いました。 

 当時は、一定料金の常時接続サービスなんてものはなく、殆んどの人たちが、PM23:00~AM8:00までのテレホーダイ(通称:テレホ、テレホタイム)を利用してネットを楽しんでいた時代。毎晩テレホタイムになると、Yahoo!掲示板内の仲間内のサロンのような役割をしていたトピックに集合し、投稿による他愛のない会話を中心に、友達の輪を徐々に広げながら、チャットやICQ、時にはネットゲームと、様々な形の交流をしていたのでありました。 

 一見無機質な文字だけの交流だけど、それが単なるメッセージの交換に終わらず、そこに気持ちの通い合いが生まれたりすることや、年令も立場も住所も職業も違う人たちが、同じ時間に同じ場所に居て同じ体験をしているというのが、すごい快感だったし感動でしたね。今でもあの頃の体験のひとつひとつや、知り合った人たちのことは忘れられないですね。 

 

【第2位】 『道楽館』 

 

 これは、1999年7月に開設し、2001年の秋口くらいまで運営していた、私がはじめて作成した自分のホームページの名前。(笑)あえてカテゴライズするならば、当時はたくさんあった、「自己紹介サイト」とでもいえばいいのか...?いや、「自己満足サイト」と言ったほうが的確かな?特に核となるテーマがあったわけじゃなく、お気に入りのCDを紹介してみたり、読んで面白かった書籍や漫画の紹介をしたり、デジカメをあちこち持ち歩いて撮った写真を載せたり、一コンテンツとしてWeb日記をレンタルして書いたり...そんなことをやってた。 

 開設してから2ヶ月くらい後にプ~太郎な身の上となり、1年ちょっとその状態に身を置いていたため、時間はたっぷりあったから、とにかく頻繁に更新をしていた。夜通しで更新作業したことも、一度や二度ではなかった。 

 正直アクセス数は大した事はなく、更新してもさほど大きなリアクションを閲覧者さん達から貰っていたワケでもなかったんだけど、プ~太郎時代の私の複雑な心中の発露の場であり、当時の私の逃げ場でもある大切な場所だった。 

 尚、当時のログは全部廃棄しちゃって、今や跡形もなし。 

 

【第3位】 文化放送ミスDJリクエスト・パレード」 

 

 これは1981年10月より85年まで文化放送にてオンエアされていた、月曜から金曜まで日替わりで女子大生がパーソナリティをつとめる、リスナーからのハガキによるリクエスト番組。1980年代前半に巻き起こった女子大生ブームの先駆けのように語られることも多い。 

 高校時代は、オールナイト・ニッポン(第一部)から、ほぼ完全にこちらのリスナーに鞍替えしていた。さすがに毎晩とは言わないが、最低でも週3日はこの番組と共に夜を過ごしていたと思う。 

 女子大生がパーソナリティを勤めていると言っても、彼女らのトークは刺身のツマのようなもので、この番組の中心はあくまで音楽だった。放送時間は、AM0:30~3:00までだったのだが、その2時間半の間、ロック、ポップス、フォーク、ニューミュージック、歌謡曲...当時の洋邦の最新ヒットから懐かしめの曲、古めの曲、ジャンルを問わずあらゆるタイプのリクエスト曲が流され続けるのである。 

 ラジオの深夜放送は好きだったが、よくありがちなトーク部分における寒いギャグやぬるい馴れ合いトーク、ハズレも多いリスナー参加型の企画など、個人的につまんないと思っていた部分が排除されていて、最低限に抑えたトークと音楽だけで構成された「ミスDJリクエスト・パレード」は、当時のAM放送では珍しい形の番組で私には大変新鮮であった。たちまち夢中になってたね。この番組で聴いて、初めて知ることとなったアーティストや歌は、洋楽・邦楽問わず多かったな。 

 パーソナリティには、後に有名になったところでは、私の一番の贔屓だった千倉真理(水曜日→金曜日)、近年、代理出産で話題となった、向井亜紀(月曜日→金曜日)、当時シンガー・ソングライターとしてデビューしたばかりだった飯島真理(木曜日)、後にフジテレビのアナウンサーになった長野智子(月曜日?)などがいた。あと、当時、男性誌のグラビアでしか観たこと無かったB級アイドル歌手・川島なお美は、この番組(火曜日)で得た人気をきっかけとして、タレントとしてブレイクした。 

 それから、なぜか斉藤慶子松本伊代(金曜日→火曜日)がパーソナリティをつとめていた時期もあったが、これはテコ入れだったのか? 

 

【第4位】 ニッポン放送「オールナイト・ニッポン」 

 

 ご存知ラジオの深夜放送の老舗。僕が聞き始めた時代には、同じく老舗であった、文化放送「セイ・ヤング」もTBS「パック・イン・ミュージック」もまだ健在だったが、それらは殆んど聴いてた記憶はない。  特に特定のパーソナリティが...ってことじゃなく、中坊になりたてのころにこの番組の存在を知り、「深夜」という時間帯(“世界”とまで言っちゃっても言い過ぎではないかも...)がこの世には存在し、そこに多くの人たちが息づいていることを、僕は知った。ちょっぴり怪しげな光を放っている、魅惑の世界に見えたな、そこは。(笑)  記憶に鮮烈に残っているのは、独特のエロキューションとHなトークで人気のあった笑福亭鶴光か...土曜日深夜の1:00~5:00まで通してやってたスゴイ人。